あるネットワークビジネスに何度も引っかかりそうになった話【人を信じるのが怖くなった夜】

食べかけの夕食の横に、伏せて置かれたA3の紙の束 俺の物語

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一般企業勤務の妻が、公務員の夫(コテツ・30代後半)の体験談を聞き取って代筆/編集/公開しています。

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東京で和食店に勤めていた頃、俺はあるネットワークビジネス系の集まりに、何度も引っかかりそうになった。

そのたびに、違和感があって、すんでのところで逃げた。

でも、最後の1回を逃げた後、心がだいぶすり減っていた。

「東京で人を信用するのが怖い」と本気で思った。

これは、その話だ。

断っておくと、ここで語るのは「とあるMLM(マルチ・レベル・マーケティング)系の集まりが、俺には合わなかった」というだけの話だ。違法な事業の告発ではないし、その業界全部を否定するつもりもない。中には信じてやっている人もいる。

東京の和食店時代、職場で友達ができなかった

昼下がりの狭い部屋、畳んだ布団の上に開いたままのガラケー

俺は東京の和食店で、最下っ端として働いていた。

職場では「はい」「すみません」「ありがとうございます」しか言えない環境。全員が先輩・上司で、休みも被らない。職場での友人関係は、不可能だと思っていた。

休みは月曜日の週1日。営業時間が18時から24時だから、生活も完全に昼夜逆転していた。

友達も彼女もできるわけがない。

春に一人で東京に出てきて、1週間か2週間経った頃、ようやく気づかされた。俺は本当に一人なんだ、と。

最初の1ヶ月は、週に1日しかない貴重な休みを部屋の整理に使っていたから、あっという間に過ぎた。でも2ヶ月もすると、家でやることがなくなる。誰とも喋らない。職場の人は、俺が休みの日にみんな働いている。

一人ぼっちというものに、耐えられなかったんだと思う。

そこで俺が真っ先に動いたのが、当時流行っていたSNS(mixi)のオフ会だった。

勇気を出して、というのが正直なところだ。友達がほしかったし、白状すると、あわよくば彼女もほしかった。

東京は人口密度だけはすごいから、月曜休みの俺でも何とかなるだろうと思っていた。

mixiのオフ会、参加者の大半が勧誘目的だった

夜の都心のバー、オフ会の10人ほどを最後列の背中側から。全員の後ろ頭と肩だけ

都心のバーで開催されていたmixiのオフ会に、月1〜2回行っていた。

主にサービス業の人たちと知り合えた。和食店・居酒屋・美容師・イベント業。同じく休みが平日の人たち。

ここで本物の友達もできた。同い年で、俺より先に公務員になっていた、俺の人生の恩人とも言える友人と出会ったのも、このオフ会だ。

でも、参加者の大半は「勧誘目的」だったと思う。俺みたいに寂しさを埋めに来た人間か、何かを売りに来た人間か、ほとんどがそのどちらかだった。

マルチ商法系の集まり、宗教、自己啓発セミナー、何かしらを売りたい人間。

これに気づくのには、何度も引っかかりそうになる必要があった。ここでは、その中から代表的な3回と、番外編を1つ、それから宗教の勧誘を1つ話す。

1回目:料理をご馳走になった家で、A3のボードが出てきた

マンションの食卓・湯気の立つ料理

あるオフ会で、家が近いという女性と知り合った。20代後半の、小綺麗なお姉さんだった。帰りの電車が一緒で、たわいもない話で多少盛り上がって、メールアドレスを交換した。

東京に来て、こういう出会いってあるんだな。ラブロマンスではないけど、何かにつながるのかなと、胸を膨らませていた。

その次の週、俺は別のオフ会で、初対面の5〜6人とグループを組んで、ディズニーのアトラクションを回った。

生まれて初めて、自分の金で、ミッキーの耳という可愛らしい、その場限りで盛り上がるためのグッズを買ってみた。

坊主頭につけて、鏡を見て「全然似合わねぇな」と思いながら、それでもこの場を楽しもうと思っていた。

その帰り、メールをやりとりしていたお姉さんから「うちにおいでよ」と連絡が来た。俺はディズニーのお土産を持って、教えられた住所に向かった。

着いたのは、俺のアパートとは全然違う、家賃の想像もつかないきれいなマンションだった。3人で住んでいるという。そこで、初めて会う男の人を2人紹介された。

その日は変な話は何も出なかった。「またおいでよ。今度はご飯を食べながら話そう」と言われて、その日は終わった。

純粋に「友達ができそう」と思った。

その翌週か翌々週、また同じ家でご飯をご馳走になった。「食材費として500円だけちょうだい」と言われた。招いておいてきっちり取るんだな、とは思った。でもタダで食べさせてもらうこと自体が恥ずかしいと思っていたから、500円を払った。

そのとき彼女が、A3サイズに印刷したパワーポイントの図を持ってきた。テレビのニュースで解説に使う、あのボードみたいなやつだ。A3に印刷して家に常備しているのだから、向こうも本気だったんだと思う。

何が始まるんだろう。料理教室の講座でもやるのかな。

そう思っていたら、「実は私、こういうのをやっていて」と、あるネットワークビジネスの名前が出てきた。

これがどれだけ素晴らしくて、みんなに伝えたらみんなでハッピーになれるか。ネズミ講と勘違いされるけど違うんだよ、という話。

大学時代に散々騙された記憶が、蘇ってきた。話がおかしい。

俺は「この後、家に荷物が届くんで」と言って、その場を切り上げた。届く予定の荷物なんて、もちろんなかった。とっさに出た言い訳としては、我ながら平凡だったと思う。

帰り道は、尾行されていないか不安で、後ろを振り返りながら、わざと遠回りして帰った。

そしてその帰り道、当時のガラケーで、その名前を検索した。ネットワークビジネスという言葉が出てきた。全身に鳥肌が立った。俺は、これに騙されそうになっていたのか。

その場で3人のメールアドレスと電話番号を着信拒否にして、二度と会わないと決めた。

最悪の気持ちだった。この数週間のやりとりは、俺を誘い込むための時間でしかなかったんだ。

せっかくできた東京で初めての知り合いが、最初から「見込み客」として俺を見ていたのか。孤独の中で頑張って働いている俺が、ここでも騙されて、時間を奪われるのか。

あの女性のことを、今さら悪く言うつもりはない。

ただ、今なら分かることがある。当時の俺は「いずれ自分の店を持つ、経営者になる」という肩書きを、覚悟もないまま自分に暗示していた。将来の目標を語る若者は、たぶんカモにしやすい。俺は、そこを突かれた。

2回目:オフィスビルでの「健康サポートコミュニティ」説明会

空の大ホール、椅子の列、白いスクリーン、夕方

2回目は別系統のMLM系だった。5月か6月の頃だ。

きっかけは、mixiに届いた1通のメッセージだった。「こんばんは、元気? 久しぶり、覚えてる?」。知り合いを装った、チェーンメールみたいなやつだ。胡散臭いなと思いながら返したら、意外と返事がポンポン返ってきた。

カフェに誘ってみたら「いいよ」と来た。月曜に来られるのかよ、怪しいな。そう思いながらも、俺は待ち合わせの駅に行った。

現れたのは、めちゃくちゃ可愛い子だった。その瞬間、「チェーンメールに返した相手だ」という大前提が、俺の頭から飛んだ。

喫茶店で、俺は「いつか自分の店を構えたいんだ」と、そこまで思ってもいないのに見栄を張った。彼女は「将来、美容関係の会社を作って会長になりたい」と言った。都合の悪い話になると、とぼけて微笑んで、話題を切る子だった。

「経営者になりたいなら、知っている人を紹介してあげる」。そう言われて、俺はついて行った。

連れて行かれたのは、都心の駅前のオフィスビル。数百人が入るホールに、100人くらいが集まっていた。見渡すと、俺と同じように「誰かに連れられてきた」感じの人ばかりだった。

スクリーンに映ったのは、1回目と同じような、パワーポイントの「このビジネスがどれだけ素晴らしいか」のショーだった。普通のサプリじゃない、世界中で評価されている、という説明。

出た出た。結局、ここに俺を連れてきたかっただけか。

「コテツさんなら、すぐに副収入が作れる」

聞きながら、心が冷えていった。

別の日には、仕事の日の朝、睡眠2〜3時間で早起きして、駅前の喫茶店で彼女と会った。今度は「自分で稼いでいる」という経営者ぶった人を連れてこられた。彼女は「私も会長になるために頑張る」と言っていた。

その日、早めに出勤したら、親方に言われた。「君、そんなに寝てないでしょ。今の君はまだ仕事にも慣れていないんだから、体を休めないでこの仕事をしようとしたら、ついていけないよ。今はそんな時期じゃないと思う」

今なら、厳しくも優しい言葉だったのかもしれないと思う。でも当時の俺は、遊ぶことすら否定された気がして、モヤモヤした。それが、親方への信用が少しずつ減っていく、ひとつのほころびになった。

後日、俺はメールで「そういうのは良くないと思うよ」と伝えた。「分かってくれないんだね」と、呆れたような一言が返ってきた。

俺は嫌われる前提で、「君がやっているのは、世間でマルチ商法と呼ばれる類のものだと思う。早く足を洗った方がいい」と、説教じみたメールを送った。

「そのうち君も本当のことに気づくよ」という返事を最後に、電話もメールアドレスも全部着信拒否にした。会ったのは、2〜3回だけだった。

今思えば、周りの人には「あいつ、あの子に転がされて連れてこられたな」と見えていたはずだ。本当に恥ずかしい話だ。

秋の終わりの「久しぶり」は、宗教の勧誘だった

差し出された手をドアの陰からじっと警戒する猫

ネットワークビジネスではないけど、同じ年の秋の終わり、11月か12月に、こういうこともあった。

小学校の頃の友達から、急に連絡が来た。「久しぶり。今、東京にいるんでしょ。飲みに行こうよ」

事前に「1人、連れて行きたい友達がいる」とは聞いていた。何のために、とは思った。小学校の友達として俺と会うのに、その人は必要か。違和感はあったけど、特別に断る理由もなくて、了承した。

当日、会ってみた。一通り食事を終えた頃になって、急に宗教の話が始まった。彼の家は、家族で入っているという。最悪の気持ちになった。

それまで散々、こういう場で休みの日を使ってきた後だった。正直に言うと、俺はその場で腹を立てて、「俺をこのためだけに呼んだのか」と口に出してしまった。

小学校の頃の俺は、おとなしいキャラだった。たぶん、そんな俺なら断らないと思ったんだろう。クラスでヤンチャだった連中は誘ったのか、と聞いたら「誘ってない」と言った。それを聞いて、俺だから誘われたんだな、と分かってしまった。

今思えば、彼にとっては、家族で大事にしてきたものを昔の友達に分けたい、というだけだったのかもしれない。彼を悪く言うつもりはない。

ただ、久しぶりの連絡が「俺」にではなく「入ってくれそうな俺」に向いていたと分かったことが、当時の俺には応えた。

3回目:クリスマス前の「家で鍋パーティー」の招待を受けた

鍋・湯気・テーブルの上の小物

mixiで見つけた「みんなで鍋パーティー」というオフ会に参加しようと思って、主催者の女性に連絡を取った。会場は、とあるアパートの一室。誰の家なのかは、最後まで分からなかった。俺と同じように集まってきた人が、10人以上いた。

12月、クリスマス前だった。一人で寂しく過ごしたくなかった。1回目と2回目の経験があったので、「またこのパターンか?」とは思った。でも「いや、今度は本当の鍋パーティーかも」と自分に言い聞かせた。

鍋は普通に出てきた。でも、その部屋のコンロが異様にきれいだった。ガスを使わず、あるブランドのロゴが入ったIHコンロを2つ置いていた。テーブルの周りにも、同じブランドの商品が並んでいた。

うわ、また出た。

3回目だったので、すぐ察した。早めに退散した。

自分で予定を空けて、時間を使って仲良くなって、彼氏彼女とまでいかなくても、友人関係を広げたいと思っていた。

女の子だけじゃなく、男でも、おじさんおばさんでもよかった。なのに実際は、俺を金づるとしか見ていない人があまりに多くて、がっかりした。

何度も逃げた後、心がすり減っていた

玄関マットに顎を乗せてぐったり伏せる犬、夜

春から冬まで、何度も「友達かと思った人」が「勧誘目的の人」だった。

表面的な人間関係に疲れた。何も残らない。

東京で人を信用するのが、怖くなった。

東京に出てきたばかりの俺は、休みの日をことごとくこうやってカモにされながら、自分の時間を奪われて終わるのを繰り返していた。

そのうちに、本当にこの仕事をやっていきたいのか、分からなくなってきた。この調子では彼女もできないだろうし、このモヤモヤをどう打開すればいいのか見つけられないまま、心が徐々にすり減っていった。

これも、和食店を辞めるきっかけの1つだったかもしれない。

番外編:駅構内の喫茶店で、俺が水をぶっかけられた話

夏の都内ターミナル駅・通路脇の喫茶店

これは上の3回とは少し毛色が違う、番外編だ。

あれは夏だったと思う。順番で言えば、2回目と3回目の間だ。都内のターミナル駅の通路脇にある、小さな喫茶店だった。

その日、俺は別のオフ会で知り合った同い年くらいの女性と会っていた。タイプじゃなかったけど、当時の俺は「誰でもいいから、誰かと話したかった」とまで思っていた。それくらい寂しかった。

喫茶店で雑談していると、彼女が突然切り出した。

「私、こういうのやってんだよね」

何の商品だったかは、正直もう憶えていない。ただ、彼女がネットワークビジネスをやっていることだけは、すぐに分かった。

その瞬間、俺の頭に1回目と2回目の景色がフラッシュバックした。「またこのパターンか」と。

俺は反射的に言ってしまった。

「そういうの、本当ないと思うよ」

言った瞬間、相手の顔つきが変わった。彼女は入店時に出された水を手に取って、躊躇なく俺の顔にぶっかけた。

夏だったから、すぐ乾いた。

ただ、その瞬間、店内の空気が一瞬で凍りついたのを覚えている。

水をぶっかけられた後、俺は自分から謝った

夏の昼下がりの店内・空のグラス

少し落ち着いて、俺は冷静になった。

「ないと思うよ」って言葉は、彼女が時間とお金を投じて頑張ってきたことを、結果として全部否定する言葉だったのかもしれない。

俺は自分から謝った。

「ごめん、頭ごなしに否定するような言い方をして悪かった」

彼女も「私もいきなり水をかけてごめん」と謝ってくれた。お互い、なんとか身なりを直して、その日はそのまま会話を続けた。

でも、内心では「これはもう無理だ」と判断していた。お茶を終えて、すぐに解散した。

数か月後、別の都内のオフ会で、彼女と偶然再会した。俺は会釈だけして、すぐ別の場所に移動した。

俺は今でもこの女性のことを、悪い人だとは思っていない。

彼女もきっと、誰かに勧誘されてあの場にいたんだと思う。彼女なりに「これがいいことだ」と信じて、必死で広めようとしていただけだ。

あの頃の俺は、たぶん本当に弱っていた

夜、塀の上に一匹で座り、明かりのついた窓を見ている猫

今振り返ると、あの1年の俺は本当に弱っていたんだと思う。

目先の性欲・承認欲求・寂しさ。それらを埋めるためだけに、とにかく出会いばかりを求めていた。

月曜の数時間だけは、誰かと話したかった。翌日からはまた週6日、誰とも目を合わせず「はい」「すみません」しか言えない毎日が待っているからだ。その恐怖から、逃げたかった。

その「弱り」を、勧誘する人たちは正確に嗅ぎ取ってきた。たぶん向こうも自分が同じ弱さを経験しているから、見抜くのが早い。

俺が引っかかりそうになったのは、相手が悪かったからじゃない。俺が、寂しすぎたからだ。

俺が引っかかりそうになった理由(自己分析)

ノートとペン・自己分析のメモ

俺自身を分析すると、たぶんこうだった。

  • 孤独だった:和食店時代、職場で友達ができなかった
  • 目先の寂しさを埋めたかった:話し相手になってくれるなら誰でもよかった時期がある
  • 「楽して稼ぎたい」気持ちが少しあった:和食店の手取りに不満があった
  • 「特別なあなたに」に弱かった:女性から誘われて、なんとなく舞い上がった
  • MLMの仕組みを知らなかった:A3のボードを「単なる説明」だと思っていた
  • 断ることが下手だった:その場で「いいです」と言えなかった

6つ全部当てはまる人は、たぶん俺と同じ轍を踏みやすい。

でも、これは「俺が情弱だった」というだけの話だ。誘ってきた人を悪人扱いしたいわけじゃない。たぶん、向こうも何かを信じていて、向こうなりに「いい話だ」と思って俺に勧めていたんだと思う。

ただ、これだけは言える。何度も勧誘の場に座っていると、相手の目つきに共通点があることに気づいた。

なんと表現したらいいのか難しいんだけど、独特の雰囲気がある。目がどこか遠くて、こちらの話を聞いているようで聞いていない。商品とお金の話になった瞬間にだけ、目に光が戻る。

俺はそれが怖かった。「あの目」になりたくなかった。

俺なりの「引っかからないルール」6つ

チェックリスト風のメモ帳

これらの経験から、俺はこういうルールを自分に課した。

  1. 「家に来ない?」と言われたら警戒する。本当の友達は、最初は喫茶店やカフェで会う
  2. パネル・グラフ・写真が出てきたら即終了。それは、たぶんMLM系
  3. 「健康」「副収入」「コミュニティ」「自己実現」のキーワードに気をつける
  4. 「特別なあなたに」と言われたら、相手は「あなた」じゃなくて「カモ」を見ている可能性
  5. その場で絶対に決めない。「持ち帰って考える」と言う
  6. 少しでも違和感があったら、家に帰って、商品名・組織名で検索する

このルールで、その後、ネットワークビジネスと宗教の勧誘には引っかかっていない。

ただ、白状すると、「人の集まり」は見抜けるようになっても、画面の向こうから届く「うまい話」には、その後も何度かやられている。騙され方には、人それぞれ癖がある。俺の癖は、まだ完全には抜けていない。

本物の友達は、何も売ってこない

居酒屋のテーブル・ビールジョッキ

この1年で学んだことは、シンプルだ。

本物の友達は、何も売ってこない。

あのオフ会で出会った、俺より先に公務員になっていた友人は、何も売ってこなかった。

合コンに連れて行ってくれて、酒を飲んで、馬鹿話をして、海辺でバーベキューをしてくれた。

勧誘してきた人たちも、最初は優しい。料理を作ってくれる。鍋パーティーに招いてくれる。「あなただから」と言ってくれる。

でも、目的が違った。

その違いは、最終的に「何を売ってくるか」「売ってこないか」で見えてくる。

もし今、誰かに勧誘されているなら

夜、ベッド脇に伏せて置いたスマホと水の入ったコップ

その人を悪く言いたくはない。たぶん、その人もまた、別の誰かに勧誘されてここに辿り着いた人だ。

でも、お金は払うな。商品はその場で買うな。コミュニティにはその日のうちに入らない。

「いったん持ち帰って考える」と言って、家に帰る。

家でその商品名・組織名を検索する。「○○ 評判」「○○ 口コミ」「○○ 体験談」で出てくる情報を、全部見る。

それでも入りたければ、入ればいい。

でもたぶん、検索して一晩寝た時点で、答えは出る。

一人で塞ぎ込むと、自分を見失う

澄んだ小川で上流へ必死に水かきする鴨、足が水面下に見える

22歳から23歳の俺は、とにかくアグレッシブに人に会いに行った。ただ、その出会いの大半は、次につながらなかった。

でも、目の奥が黒い人たちを散々見てきたから、信用できる人とできない人の物差しみたいなものが、自分の中で感覚として掴めるようになっていた。

その一方で、俺は「人は本当に信用できない」と思うようになった。

せっかくできた本物の友達にも、素直に相談することができなかった。プライドだったのか、迷惑をかけたくなかったのか、今でも分からない。

人付き合いそのものが面倒になって、一人で塞ぎ込んだ。塞ぎ込めば塞ぎ込むほど、物事をマイナスに捉えるようになって、心が追いつかなくなって、壊れた。

あんなに前向きにいろんなことを頑張っていたのに、急に前向きに考えられなくなった。

今思うのは、こういうことだ。

人は誰でも、世間という大きな川の流れの中で生きている。

その中で下を向いて、一人で塞ぎ込んで立ち止まると、周りが見えなくなる。周りが見えないから、自分が流されていることにも気づかない。気がついたときには、心ごと流されて、自分ではどうにもできない場所まで来てしまっている。

春や夏の俺は、前を向いて、常にバタ足でもがき続けていた。だから少なくとも、自分の立ち位置を見失わなかった。

一人で塞ぎ込むのは、本当に良くない。

正直、あの手探りで失敗だらけの20代に戻りたいかと聞かれたら、はっきり「戻りたくない」と答える。それくらい、しんどくて情けない毎日だった。

それでも、懲りずに街に出てバタ足を続けていた自分のことは、嫌いじゃない。

大切な人がいない人生は、寂しい。当たり前の話だ。でも、当たり前のことに気づくまでに、俺はあれだけの遠回りが必要だった。

あの東京での日々が、今の俺の根底にある

夕食後のダイニングテーブル・3人分の空いた無地の食器と麦茶・閉じたノート

東京でのあの1年の勧誘は、全部、今の俺の根底にある。

「人を信じすぎない」というより、「人を見極める」という感覚。

そして「自分が孤独で、寂しくて、楽したい状態のときが、いちばん危ない」という自覚。

誰とでも会えばいい、というわけじゃない。世の中には、人を金づるとして見る人が、思っている以上にいる。

その人たちのカモにならないために、付き合う人間は考えないといけない。少なくとも、お金の価値観が合う人が集まる場所で探す方が、絶対に筋がいい。

今の俺は、両学長(YouTubeの登録者数が日本最大級のお金の先生)の発信を毎日聞いて、ゆっくりインデックス投資を積み立てて、家計を妻と一緒に管理している。派手な副収入のない、地味な毎日だ。

あの日言われた「すぐに作れる副収入」は、結局どこにもなかった。

でも、こっちのほうが本物だと思う。誰かに「あなただから」と言われて始めたものじゃなく、自分で調べて、自分で選んで、地味に積み上げてきたものだからだ。相場で減ることはあっても、誰かに奪われることはない。

今、俺は幸せだ。妻がいて、娘がいる。

今、幸せだからこそ、こうやって過去のしんどい話を「いい経験だった」と語れる。

たぶん、過去の寂しさを笑って語れるかどうかは、今が満たされているかどうかにかかっている。顔に水をかけられた当時の俺には、絶対に語れなかった話だ。

もし今、孤独で、寂しくて、誰かと繋がりたくて、ちょっと危ない場所に足を運びそうになっている人がいたら、家に帰って、一晩寝てから決めてほしい。

このブログでは、俺が実際に使って良かったものを話すことはあるかもしれないけど、何かを買わせるために近づくことはしない。


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